YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A SUPER-CUB
cublog
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2003年10月から12月
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最新のcublog
2003/03/31
朝5時半ころ会社に行き赤カブを載せて帰る。家で赤カブを降ろし家にはベスパと赤カブ、車の中にはC100の3台体制。(部屋にはレストア途中のC100が一台あり)
会社のプレスでC70のクランクを分解。オイル穴の経路が良く分かった。
写真:分解したクランク
2003/03/30
3時半起床。大井松田の酒匂川河川敷での部品交換会へ行くため5時に家を出て6時過ぎに大井松田着。8時半ころ車に戻るとヨメが長田さんも来ていたが帰ったとの事。電話して少し話すとC100のフレームを買ったとの事、良い歳して良くやるなぁ・・・って自分も同じか。ボクが手に入れたのは初期型のC100用の径の大きいブレーキシューと後期のC100用のピストンやサイドカバー等。
そ後御殿場の実家に行きCM90を降ろし片付ける。
夜、C70のクランクシャフトを切断しフライホイールの付くテーパー部分を資料として残す。金鋸で切ったシャフトの切断面を旋盤で仕上げる。まともにミニ旋盤を使うのは初めて。バイトの高さが芯より下だったせいか送ったらバイトのチップ部分を欠いてしまった。
2003/03/29
以前にボロの車体から外して保管していた二つ星のC100のハンドル一式に付いているメーターのガラス(アクリル)が曇っているのでコンパウンドで磨いたが曇りが取れない。裏が曇っているのかアクリル自体が全体に曇ったのか知りたくなりメーターの分解をはじめる。メーターの分解は多分2度目。初めての時は力任せに外し枠をダメにしてしまったので今回は丁寧に作業を進める。かしめた枠をドライバーの先端で徐々に広げるのだがドライバーも先端を曲げて作業をしやすくした。途中でヨメの買い物に付き合うが待ち時間も車内で作業。実質2時間ほど掛けて枠が外れた。アクリルの裏側を磨いてみたが曇りは取れずやはりアクリル全体が曇った様。アクリルかガラスで作りな直す必要あり。厚みは2.3ミリ。まだこの時期のメーターはオドメーターの文字が小さく文字自体も印刷でなく凹んだ文字部分に色注ししたもの。
夜、もらったC70に付いていた6VのCDIエンジンを分解し必要な部品を取る。いつかはC100に付けてCDI化しようと思う。
写真:枠を広げる作業と工具
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写真:小さなオドメーターの文字
2003/03/28
いよいよインジェクションのカブが発売される。タイのA.P.HONDAがバンコクのモーターショーで発表したもので7月から発売されるそうだ。
http://www.honda.co.jp/news/2003/2030327-wave125i.html
正確には去年発売されたWave125をインジェクション化したモノで車名はWave125i。日本で売られる可能性は低いだろう。しかし、乗り味や構造を見てみたい。
2003/03/27
オランダのアムステルダムからメールが届く。差出人は1960年のC100を持っている人。タイヤは自分の1959年と同じKOKOKUだそうだ。他にもホンダが現地生産したC310の写真も添付されている。ダブルシートや車体番号に関して質問されたので回答。ヨーロッパにもC100の知り合いの輪ができると良いなぁ
写真:1960年のC100
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写真:C310
2003/03/26
2サイクルの発電機の発電部分をカブのエンジンに取り付けて4サイクル化しようと考えたが、発電機は12ボルトでの使用がメインだろうから今ある発電機をバラさなくても車用のオルタネータをカブのエンジンに付けたら良いかもしれない。2サイクルの発電機は処分してしまおうか?会社から帰るとGetNaviが届いている。カブのページは予想外に少なく実質2ページ。自分の掲載も1/8ページほど。隣に載っているのは鷲谷さん。
写真:GetNavi5月号
2003/03/25
御殿場から持ってきたホンダの2サイクル発電機のキャブをキャブクリーナー等でOH。できれば発電機部分をカブのエンジンに移植し4サイクル化したい。池袋の小林さんにC100のサービスマニュアルを送る。昨日C100のマニュアルの表紙がきれいにカラーコピーできたので会社の帰りにパーツリストの表紙もコピー。こちらは相当ボロいのでB6サイズをA4に拡大したらボロさも拡大されてしまった(笑)
2003/03/24
朝5時に家を出てキンコーズでC100のマニュアルの表紙をカラーコピーしてから会社に行きCM90を積んで帰る。家でCM90を降ろし1959年のC100を車に積む。カラーコピーしたマニュアルの表紙はマニュアルの商品性?を高めてみようと思ったため。友人の竹田君に手持ちのCT110とMD関係のパーツリストやマニュアルを「必要な物はコピーしてから返して」と送る。
2003/03/23
エコランカブ等を御殿場に持って行くため準備。6時過ぎに家を出て御殿場に。置きっ放しだったホンダの2サイクル発電機はキャブが詰まっていた。持ち帰って整備しよう。
2003/03/22
昨日の集まりに持っていったC100のサービスマニュアルにはC100の初期の特徴がたくさん載っているので100株会の大半が欲しいと言う。そのため午前中に人形町のキンコーズで8セット分コピーし家で製本。
2003/03/21
4時起床。エンジンを組み立てる。ピストンリングは新品に交換。7時過ぎに家を出て和光へ行き日当たりの良い場所を見つけてエンジンを載せる。エンジンは問題無く掛かりひと安心。9時半にホンダ埼玉製作所和光工場に行き100株会の皆と落ち合い取材を受ける。自分はツインリンクもてぎで写真を撮ってもらっているので今日は簡単な撮影のみ。この和光工場は1953年に建設され、1958年からカブが造られていた工場だが現在取り壊しの最中。当時、和光市は大和町でありこの工場も大和工場と言われていた。今後はホンダの和光本社として青山の本社と共に本社機能を担う事になるという事だ。敷地内には創立10周年や15周年を記念し従業員が本田宗一郎と藤沢武男に贈った彫刻や植樹があり工場の最期の時期に訪問できた事が感慨深い。撮影後近所の蕎麦屋の座敷で取材の続き。ここでもライターの菊地さんに「スギヤマさんは(前に聞いたから)いいですよね」と言われてしまう。途中から見学の今村さんが合流。その後も場所を移動しカブの話で盛り上がる。
写真:取り壊しの迫った本田和光工場
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写真:44年ぶりに生まれた工場に里帰りしたC100
4時に帰宅し買い物。今朝は以前に山梨の秋山さんから譲ってもらったマフラーを仮付けしていたので夕方それを付け直す。マフラーのパッキンは15年ほど前に入手したものだが入手した時は「こんなパッキン何に使うんだ?」とその特殊な形状が理解できなかった物。やっと使う時がやってきた。エンジンは圧縮もバッチリ。プラグはデンソーのイリジウムプラグを使った。チェーンも取り付け家の前を走らせてみると前より力強くなった様な気がする。とりあえず満足。今村さんとも色々話せて楽しい一日だった。
写真:交換したマフラー
2003/03/20
今夜1969年のC100のエンジンを組み立てるためにとシリンダーヘッドのガスケットの新品を出してみると元のガスケットと巾が違う。元のガスケットは巾が4.5ミリあるが新品は2.7ミリしかない。1959年と後期のエンジンのシリンダーヘッドを見比べてヘッドの形状が異なっている事を知る。1959年のヘッドは後期よりもインテークバルブとエキゾーストバルブの間隔が狭い。そのため燃焼室がコンパクトなのだ。
とりあえずヘッドガスケットは再利用する事にし、ヤスリとサンドペーパーで修正する。帰宅時、シラカワサービスに寄りピストンピンクリップを引き取る。CT50の配線図が元で知り合った今村さんが明日の取材を見学したいとの事なので場所と時間を連絡。夜は酒を飲んでしまい何もできなかった。
写真:燃焼室
2003/03/19
朝、シリンダーから上の部品を洗浄。ピストンピンクリップを注文。夜、1969年のC100のシリンダーヘッドの組み立て。プラグ穴等すべてのネジ穴にタップを通して清掃。バルブスプリングコンプレッサーは持っていないのでプライヤーの先でスプリングを縮めてバルブコッターを入れる。これをひとりでやるのは大変だがヨメに手伝ってもらったので1分で済んだ。シリンダーヘッドカバーに付けるバンジョーボルトが斜めに入るのは吊りカブの特徴。ロッカーアームも後期型よりも華奢だ。初期型以降にはロッカーアームのスラスト方向の動きを抑制するスプリングが入っているがこのエンジンには使用されておらず、取り付けネジにシムとしてワッシャーを入れクリアランスを調整していた事が分かる。
写真:シリンダーヘッドカバーとロッカーアーム
5月2日だと思っていた御前山村の星降る里でイベントは3日の間違い。2日は平日でした。
2003/03/18
15日に発売された別冊MC誌のイベントニュース欄を見たら5月5日の100株会の案内がだいぶカットされて載っていた。春先はイベントが多いための様。4月発売号用の原稿には問い合わせ用のメールアドレスやホームページのアドレスまで入れたが、この様な状態ではちゃんと載せてもらえるかは分からない。
夜、1969年のC100のシリンダー内壁にサンドペーパーを掛ける。こうしてピストンとの摺動方向と直角(横方向)に細かなヤスリ目を付ける事でオイルが付着しやすくなり潤滑に有利。プロはシリンダーホーンという道具を使って行うのでホーニングというがこれも目的は同じ。ピストンのピン穴もオイルの焼き付いていたのでサンドペーパーで清掃しスムーズに入る様にした。
写真:シリンダー内壁
2003/03/17
昼休み屋上のエコラン用カブと荷物を車に積む。100株会の田村さんから電話があり、21日の取材はC100の生まれ故郷ともいえるホンダの和光工場で行うそうだ。自分の1959年のC100も和光工場製のはずだから44年ぶりの里帰りという事になる。1959年のC100のエンジンはこれから腰上の組み立てなので準備するパーツをチェック。新しくするパーツはガスケット類とピストンピンクリップくらいだが手持ちはあったかなぁ。ピストンやピストンリングはそのまま使うが、バルブを軽く擦り合わせたので以前より少しはパワーが出る事を期待。21日までに組み上がるかな?
2003/03/16
朝、開店時間の9時に砂町のドイトに行き旧JISのネジを探すが置いてなかった。別のDIYショップに行ってみるが旧JISのナベネジはあるが皿ネジは置いてない。後期のC100のステーターベースプレートの留めネジはM6にサイズアップされているが、前期の二つ星のエンジンなら初期型と同じM5が使われている可能性があるので、手持ちの二つ星のエンジンをチェックしてみたがこちらもM6でダメ。探していると展示用?にしてある後期のC100のエンジンのポイントホールカバーの留めネジにどこから手に入れたのか覚えていないがM5の旧JISの皿ネジが使ってある。しかし長さが20mmあるのでこれをカットする。きれいに仕上げたいのでナットに金ノコで割りを入れそれでネジ山をクランプして13.5mmにカット。このネジでステーターベースプレートを取り付けフライホイールを付ける。
写真:ネジと割りを入れたナット
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写真:取り付けたステーターベースプレート
3種類のエンジンを並べてみるとクランクケースだけでもマウント形状以外にもディテールが異なる部分のある事が分かる。それらの変更が補強や耐久性の向上であったりコストダウンや整備性の向上であったりするのだろうと当時の状況を想像するのも楽しい。
写真:3種類のエンジン
(手前から1959年の初期型、二つ星の前期型、後期型)
2003/03/15
1959年のC100のエンジンを降ろして組み立てを始める。懸案のクランクベアリングはクランクケースを測ると問題無い様だったので新しいベアリングを打ち込む。その他のベアリングとオイルシールもすべて新品に。急がずに写真を撮りながら組んでいるといままで気付かなかった特徴にも気付く。クラッチのロックナットは後期型より薄いがタガネで外され変形していたので交換。クラッチのロックナットを緩めたり締め込む際はクラッチのアウターケースを専用のホルダーで回らない様にするのが正しいのだが初期型のC100と後期のC100とは異なる上、OHCのカブも別の形状をしているので専用のホルダーを用意するよりもクラッチのネジを利用して金属板を留め、回り止めにすると良い。ギアに柔らかい金属板をはさんで回り止めにする方法もあるがこれはベアリングレースに悪影響があるので良くないと思う。
写真:クラッチの押さえ方
カムプレートサイドスプリングが分解時から付いていないので手持ちの部品を組み込む。クラッチの交換時にスプリングを組み忘れたのだと思うがC100のパーツリストにこのスプリングが載っていないので当初は付いていなかったのだろうか?
写真:カムプレートサイドスプリングを載せたところ
ステーターベースプレートを留める皿ビス2個の内のひとつは分解時にナメてしまいドリルで外したので代わりに手持ちのビスを使おうとしたらネジピッチが異なる。当時のM5はピッチが0.9mmの旧JIS規格で現在のISO規格は0.8mm。手に入るだろうか。クランクシャフトのフライホイール部のネジ山がプーラーの使用で歪んでいるのでダイスで修正。シリンダーヘッドのエキパイのスタッドボルトも失われていたので手持ちのパーツを付けた。今日はここまで。
2003/03/14
会社の屋上のバイクと自転車を片付ける期限を4月1日とされてしまった。避難先を考えねば・・・と考えやはり1台は御殿場に持って行かなければならないと思う。御殿場に行くなら裾野の日本庭園鉄道のライブスチームを見てみたい。調べると第1、3日曜日がライブスチームを走らせる日なので16日に行けば見られる。裾野に行くならクレマチスの丘にあるアクアパッツァの日高シェフが経営するマンジャペッシェにも行ってみたいと前から思っていたので電話してみたがこちらは予約で埋まっていた。ライブスチームとマンジャベッシェは一緒に楽しみたいので次の楽しみとしよう。夕方、締め切りが15日だった事を思い出して別冊モーターサイクリストへ5月のイベントの告知の掲載を申し込む。
2003/03/13
Amazonのマーケットプレイスに出していたカブの本が売れたので昼休みに発送。
2003/03/12
カブ仲間?の水戸の小池さんからメール。5月2日に御前山村の星降る里でイベントを行うそうだ。2日に行って一泊すると3日。5日は100株会のミーティングがツンリンクもてぎであり前日の4日に茂木町で宿泊する計画なので3日に帰って4日にまた茂木に行く事になってしまう。帰らずに3日も泊まると3泊4日の茂木行かぁ・・・星降る里のイベントならヨメも行くだろうが100株会の方は興味無いだろうなぁ。ヨメだけ3日に水戸駅あたりからひとりで帰そうか?
同じ小池さんからのメールで8月に行うツーリングへのお誘い。2日(土曜)の夜2時にツインリンクもてぎをスタートし、一般道を鈴鹿サーキットまで走って3日中に再びツンリンクもてぎまで帰ってくる計画だという。参加車両はカブまたは125ccまでの原付が原則。地図ソフトでチェックすると約550キロある。まさに耐久ツーリング。酔狂であるが毎年同じ様なツーリングを行っているというから達成感があるのだろう。心配は無理による事故だ。
2003/03/11
6時起床。数日前にCT50の配線図を探しているとメールを送ってきた今村さんへCT50の配線図の代わりに同時期のカブの配線図を送った。彼はCM90のシートのスペアを持っているという事で頼んだところ昨日送料着払いで送ってくれた。彼は何かと気遣いしてくれているので気持ち良いやりとりができる。シートは言い値に1000円追加して振り込む。昼休み屋上の片付け。赤カブとCM90を下に降ろす。帰宅するとCM90のシートが届いていた。Yahoo!Auctionでカブのシートのオーダー受注を見つけた。表皮の色や形状が自由にオーダーできる。注文を受け付けてベトナムで造らせる様。C100用に赤いシートと赤カブ用に合う色でシートとピリオンシートを注文してみようと思う。
シートオーダーのページ
2003/03/10
6時前起床。田村さんから100株会へ取材の申し込みが入ったとの連絡。例のマイクロマガジンから出るカブの本用との事。NTCの竹田さんからメール。CT110を買ったのでパーツリストやマニュアルがほしいとの事。彼とは10年くらい会っていないなぁ。
2003/03/09
今日は1969年のC100に載せてある仮組みしたエンジンを降ろすつもりだったが寒気と強風のため断念。ヨメがスーパーで買い物をしている間に昨日ゴムブッシュを交換したリアショックを取り付ける。部品箱からドライブスプロケットを引っ張り出し1959年のカウンターシャフトに付けてみるとスプラインはぴたりと合う。ロックワッシャーの回り止め用の穴も空いているボルト穴が使えるのでそのまま流用できる。
仮組みしたスプロケット
2003/03/08
C100のクランクベアリングが完全に入らないので別のクランクを確認してみる。こちらは完全にベアリングが奥まで入っているし寸法的にもあと1ミリ入るハズ。以前に付いていたベアリングを見ると新しいベアリングよりも内輪の面取り部分のアールが大きい。これが完全に入らない原因ではないかと打ち込んだベアリングを外し、別のアールのすこし大きい新品ベアリングを打ち込んでみる。しかし以前より0.5mmほど奥まで入ったがこちらも完全には入らない。これより大きなアールのベアリングは元か付いていたモノしか無い。使うのには気が進まないが原因が知りたいので古いベアリングを洗ってから打ち込んでみたが・・・やはり完全に入らない。
元からこの状態なのだろうか?初期型はこれで良いのだろうか?これも分解した時の観察と記録が足りなかったのが原因だ。残るはクランクケースの寸法を測ったり実際に仮組みしてみるしかない。そのクランクケースも今はフレームの載っている。観察や記録と共に手順や段取りも悪いという事・・・仕事を始めると目先に興味が行ってしまい全体が見渡せなくなる。これは特に趣味で顕著の様だ。いずれにせよクランクの作業は一旦終了。
後期型のクランクを引っ張り出してきたついでに1959年のモノと比較すると大分異なる部分がある。大端部のピン径(初期:20mm、後期21mm)、ウェブの直径(初期:80mm、後期84mm)、クラッチ側のクランクシャフト長等。その他にもコンロッドは初期型は後期型よりも短い上、細くて華奢に見える。あと、初期型のクランクシャフトのクラッチ側は中空になっていてクラッチのブッシュに給油する構造になっていた。
新旧のクランク
、
新旧のコンロッド
部品の箱を片付けていたら初期型のピストンの新品、0.5mmのオーバーサイズが出てきた。このピストンを組み込んでも良いと思ったがクランクベアリングが古く摩耗したままでシリンダー周りをオーバーホールして圧縮やパワーが上がると、クランクベアリングに負担が集中する事になるので古いピストンやリングのままにする事にした。
以前に片側だけ直した1969年のリアショックのもう片側を外し、溶けて固まってしまった古いゴムブッシュを交換する。新しいゴムブッシュはベランダに放置してあったC50から外したモノを使用。
45年前のゴムブッシュのなれの果て
2003/03/07
1959年のC100のクランクを会社に持って行き昼休みにベアリングを打ち込む。フラマグ側が入りきってない様に感じるので帰って他の部品と寸法を比べてみよう。ドライブスプロケットは限界まで磨耗し歯が倒れはじめているので交換する必要あり。もちろん部品の入手は困難なので現行品を改造して対応しようと思う。この頃のC100はクランクケースの内圧を逃がすブリーザーの機能がドライブスプロケットを留めるボルトに与えられている。ボルトがワンウェイバルブになっていて中空のカウンターシャフトを経たガスがそこから抜けるという凝った構造。これにはガスと共に少量ながら吹き出してしまうエンジンオイルがチェーンを潤滑するという利点がある。しかし1本のボルトでスプロケットを留める構造では修理に不便である上、コストも嵩むため以降はクランクケースの上部にブリーザーチューブが取り付けられ、2本のボルトで留める構造に改められた。
ドライブスプロケットとボルトの写真
2003/03/06
1959年のC100のエンジンを組み立て始める。入手したクランク用のベアリングはシールタイプなのでドライバーでこじってシールを外す。手頃なベアリング圧入用の工具が見当たらない(雨なので探すのが面倒)なので作業は明日にする。もたもたと作業が進まないのはエンジンを組んでしまったら中が見えなくなってしまうからだろうか。肝心のクランクケースはまだ車体に載せたまま。
2003/03/05
1959年のC100のエンジンを組み立てる前に資料として各部の写真を撮り寸法等のデータを記録。クランクの大端部のベアリングの形状はコンロッドの切り欠きからしか見ることができないが後の物とは明らかに異なり短いニードルローラーベアリングが千鳥に配置されている。これは今のところ資料で確認できていないので大事な記録だ。
1959年のクランクベアリングの写真
後期型のクランクベアリングの写真
2003/03/04
GetNaviの原稿は色々考えた末、カブ徒然に載せた1959年のC100の入手の経緯を加筆訂正したモノを送る事にした。ボクにカブの魅力を書けと言われたって1−2ページで済むワケ無いしね。1959年のC100の入手の経緯に手を加えているとこの時を昨日の事の様に思い出す。松坂の若葉写真館のご主人や奥様はお元気だろうか。
2003/03/03
1959年のカブのクランクにベアリングを打ち込むためのパイプを会社で物色。大端部のベアリングとピストンやリングは交換しないつもり。あと手配が必要なのはクラッチくらい。組み上げる目処がついてきた。
GetNaviへの原稿書き。当初は張り切っていたがカブ徒然と内容が重複してしまうのでだんだんモチベーションが下がってきた。今は”コメント”程度で良いやという心境・・・と書きつつ何も進まないまま終える。
2003/03/02
スーパーカブの歴史のページにカブ生産累計3000万台を追加。1959年のカブのリアショックのゴムのブッシュが溶けて流れて固まってガタガタになっているので現行のカブのゴムブッシュを入れた。ヨメがスーパーで買い物をしている間に行ったのでとりあえず左側だけ。
リアショックの写真。
写真を撮るついでに新旧のミラーも撮影。凸面で映る範囲が広いのが旧いもの。
新旧のミラーの写真。
午後、ホンダの小型発電機:E300の修理をしようとバラしはじめる。スターター用のロープが抜けてしまっていて掛けられなくなっているのだ。この発電機は1965年頃に発売され、55ccのサイドバルブエンジンを採用しているのでC100と似ているのではないかと予想(期待)している。修理はクーリングファンユニットが外れず今日は断念。
2003/03/01
3時半に目が覚めてしまい、仕方ないのでsuper-cub.comのトップページの写真の見直しをする。画質の悪いモノは再度加工し直し、数も大幅に増やし70枚近くになった。これもホスティングサービスで容量が増えたおかげ。ホントは写真などではなくコンテンツで埋めるべきなのだが・・・ 今月導入予定のミニ旋盤の割り出し(角度分割)作業にカブのプライマリドリブンギアが使えないかと現物やパーツリストをチェックしたがギア数は59T。これでは中途半端で使えない。ところでギア数は○○丁と表す事があるがこれは○○T(tooth)のTと字面が似ている事から来たんだろう。容積の立方メートルを立米と表しりゅうべと発音したりするのと共に味を感じる表現。いずれは廃れるのだろうなぁ。
午後、特価市場.comでタップ、ダイス、ベアリング等を1万円ほど注文。ベアリングは合計金額が1万円上になると送料が無料になるため注文したものでカブ用のサイズ。ベアリングすでに何台分も持っているがいずれは使うだろう。
夜、カブのカタログや雑誌の記事のファイルを整理する。これでカブのイベント等の際は持っていって見てもらいやすくなった。80年代の雑誌記事を見ていて当時はカブのモトクロスやサーキット走行等が盛り上がりエントラントも多かった事を思い出す。今は当時よりカブが取り上げられる事が多くなったがカスタム化やモノ雑誌なりの記事ばかりで楽しむ範囲があまり広がっていない様に感ずる。
2003/02/28
CT50の配線図はやはり無かったが同時代のモノと思われる6ボルトのC50の取扱説明書があったので配線図をコピーして送る事にする。
GetNaviの原稿は3月4日が締め切りだそうだ。先方は原稿と言わずコメントと称しているのは原稿料逃れのためだろうか。文句ばかり書いているのは良い記事が書けない自分への苛立ちのせいでもある。
Netで西武百貨店が展開していたキャンペーンの時期を調べようと「普通の生活」でサーチしたがヒットしない。別な角度でアプローチして「普通の生活」は思い違いで当時のキャンペーンは「おいしい生活」だった事を知る。調べて行くと「おいしい生活」ウディアレン、矢野顕子、田中一光、糸井重里、浅葉克己、石岡瑛子、山口はるみといった懐かしい名前が次々と出てくる。ビックリハウスもこの頃だなぁ。カブ徒然の
chap.7も訂正しなければ。
2003/02/27
学研のGetNaviという雑誌の記者から取材の申し込みがあった。5月号でカブを取り上げるそうだ。取材といってもコメントを書いて写真と共に送ってくれというモノ。もし自分で書いたコメントをそのまま載せるとしたら取材でなく原稿依頼だし依頼者は記者ではなく編集者だなぁ。多くのページをプレスリリースで埋めているモノ雑誌は企画ページもこの程度って事か。
CT50の配線図を探している旨のメールが来た。CT50を直しているが配線が分からずに困っているとの事。CT50の配線図は無いが当時のカブの配線図が流用できそうなので探して送る旨返答。
2003/02/26
そういえば一昨日ツインリンクもてぎで取材待ちの間にひとつ新しい事を知った。ミラーを取り付けようと車を見たらC100用のミラーが3本ある。どれが1959年に付いていた物か分からなくなっちゃったなぁ、まあ、くたびれ具合が似合いそうなモノを付ければ良いだろうと思って見たら、1本だけミラー枠のカーブが違い厚みがある。さらに観察するとそのミラーは凸面鏡だった。他のミラーは平面鏡。旧いホンダ車に詳しい川上さんに聞くとC100の頃のホンダ車でも旧いものは凸面鏡が使われているとの事。1959年のカブに付いていたのはたぶんこのミラーだろう。
100株会のHPに今年のカブミーティングの案内にあわせて昨年の
カブミーティングの様子を紹介するページを追加。今年はミーティングが終わったらすぐに作成しなくては。去年の参加者をエクセルに入力し名簿化。
2003/02/25
C100掲示板の質問に答えるためにC100のパーツリストを見ていたら、リアショックに重量運搬用という仕様の部品が用意されていた事を知る。きっとスプリングが固いモノだろう。現在のカブにこうしたオプションは無い。
C100のパーツリストには重量運搬用のリアショックの他に積雪地用のボトムメタルという部品が載っていた。ボトムメタルというのはリアショックの下部の金具の事。雪の中を走るとフェンダーとタイヤの間に雪が詰まるしタイヤにチェーンを巻く事もあるだろうから、積雪地用のボトムメタルは車高を上げてタイヤとフェンダーのクリアランスを広げるための部品だと思う。
2003/02/24
1959年のC100のエンジン用のベアリングを注文するため外したベアリングの寸法を測る。メイン6203(17x40x12)と6303(17x47x14)、クラッチ部6000(10x26x8)、メインシャフト6203、カウンターシャフト6203。確認したら後期のC100と同じサイズだった。ちなみにカウンターシャフトのドライブスプロケットの反対側のベアリングは組み立て式のローラーベアリング(13.5x14x9.5?)。後のC100はプレーンなメタル軸受けとなっている。
ローラーベアリングの写真
2003/02/23
5時に起き茂木に行くためにバラしてあったC100のエンジンを組み立てる。6時半に組み立て終わったエンジンを車に積み7時半に家を出て茂木へ。首都高、常磐道を経て水戸ICで降りツインリンクもてぎに9時半着。集合時間は11時なのでツインリンクもてぎのゲート前でC100にエンジンを積む。
良く分かっていなかった取材というのは4月にマイクロマガジンという出版社から出す予定のカブの本用との事。雑誌やムック本でなく一般?の書籍だという。どの様な内容になるかは不明。判明次第公開(宣伝)するつもり。
取材の待ち時間にコレクションホールをのぞいたら1階正面に1958年のカブと並んでホンダのE300という発電機が展示してあったので思わず写真を撮る。E300はボクも持っていて今朝ツインリンクもてぎのゲート前でC100にエンジンを積む前の写真を撮った時に一緒に写していたのだ。
C100とE300の写真
取材に集まったのは阿久津さんの知り合いばかり。各人ごとに写真を取りカブにまつわるインタビューを受けるというもの。たいして時間を掛けるワケではないが全員が終ったのは4時近くだった。
2003/02/22
御殿場の実家に行く。納屋のカブを数えてみたら7台ほどあった。現在は埃がかぶるままになっている。きれいにして並べられるガレージがほしい。夕方、佐賀町の寿貿易に行きミニ旋盤を注文。上位機種も考えたが大きいので断念。
2003/02/21
友人が先日カブを新車で購入した。ふと思ったけど今のカブにも車載工具って載っているのかしら。ステップワゴンに付属していたのはドライバーとホイルナットレンチ、ジャッキのハンドルだけだったからカブの車載工具だって簡略化されていてもおかしくないだろう。
2003/02/20
100株会が5月5日に行うカブミーティングの案内を別冊モーターサイクリスト誌に載せてもらうためFAXとメール。締め切りが過ぎているが多分3月発売号に載せてもらえるハズ。このサイトのイベント欄と100株会のページ用の案内も作成。去年の様子も後で載せるつもり。水戸の阿久津さんから電話。日曜日にカブの取材があるので来ないかとのお誘い。仕事中だったので詳細も聞かずに行くと返事。1959年のC100はエンジンがバラバラだけどどうしよう。
2003/02/19
近いウチにミニ旋盤を購入するつもり。入手したら何を揃えて何を作ろうかと思いを馳せる今がいちばん楽しい時間。エコラン用カブの部品やC100のCDI化、それに・・・
2003/02/17
夕方、バイク屋に行き頼んであった1959年のC100のエンジン用のオイルシールを引き取る。規格品なので1959年のカブに合うモノも無事入手できた。
©スギヤマカツヒサ
Status: 2003-02-21作成開始
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